三体ⅠⅡⅢ 感想(4) 三体Ⅲ下 (死神永生)

三体Ⅲ下(死神永生)

おとぎ話の解読

程心の会談の内容から嘘が発見される。
雲天明は幼馴染で程心が作ったおとぎ話を語ったと言ったが、
大学まで知り合いでなかったと。
もうやめて、そのぼっち設定いじるの。雲天明のライフはゼロよ。

おとぎ話であるが、よくできている。それだけで薄い本が描けそうなぐらい萌え要素がある。
ホーアルシンゲンモスキンという呪文のような地名に惹かれる。
絵師に封じ込められてしまうから傘を回し続けるという絵面を想像して笑える。
遠近法が成立していない王子ってどんなのだよ。

おとぎ話がよく練られているだけあって、解読プロセスも魅せるものとなっている。
ホーアルシンゲンモスキンはノルウェーの古い地名2つを融合させたもので、
現地に行ってみると狭い海峡に大渦が巻いている地形だった。
なるほど、日本でいうところの「阿波路」みたいなネーミングセンスですね。
遠心調速機は知らなかったが、等速とか等時のニュアンスが含まれているなと感嘆する。
作者との連想ゲームを楽しんでいるかのよう。
饕餮魚の”とうてつ”って何ぞやで調べたら中国神話の怪物と出た。
何でも飲み込む怪物ということで、光速度低下ブラックホールのメタファーというわけである。

掩体と太陽系早期警報システムで光粒に抗う

人類が暗黒森林攻撃に対抗するために考え出した計画が3つある。
1. 掩体計画とは光粒による太陽破壊が発生したときに、
木星型惑星を盾として裏側に隠れれば生き延びることができるという理屈を推し進める計画で、
3つの中では最も現実的な計画ある。
2. 暗黒領域計画とは太陽系全体を光速16.7km/hの光速低下ブラックホールにするものだ。
光速低下ブラックホールでどうなるかは後半で描かれる。
3.光速宇宙船計画は人類のロマン。だが雲天明のおとぎ話がキーになっているような雰囲気だ。

太陽系早期警報アラートが鳴り響くと人々がスペースポートに押し寄せて、
我先にと木星裏へ避難しようと旅立つ。
程心はシャトルに乗りそこねた子どもたちを乗せられないかと願うが、
AAは<星環>は三人乗りなんだと窘めるが、程心は三人だけでもと託される。
ここでAAは数学パズルを出題して正解した子供を選択して乗せる。
AAの合理主義者なところが現れている。
程心が周りに人がいるから離陸してはいけないと命じると、
AAは他の宇宙船の核融合炉をレーザーで撃ち落とす。
核融合炉は高出力のため離陸で他の機体に影響を及ぼす。
よって安全に飛び立てるのは最初の一機のみだから、他の機体を離陸させない。
あんたの命令には従ってやるが、AAにはAAの流儀があるというやり取り。

この警報は誤報だったと判明するのだが、
動乱の様が人類いつもの糞さって感じで面白い。
程心は光速宇宙船が人類のために必要だと考えていたが、
地球の金持ちの脱出手段として確保され、逃亡主義を想起させることおよび
曲率推進ドライブの痕跡が暗黒森林攻撃を招くことから禁忌となった。
この状況下では母性愛に溢れた程心に光速宇宙船を完成させることは不可能と悟って、
マッドサイエンティスト気質のウェイドに全リソースを託して自らは冬眠する。
もし開発によって人類が危険に晒されるなら、私を起こして決断を委ねるよう約束して。
これは程心にしては決断力があって英断だと思う。

宇宙都市現る

六十年ほどして程心が目覚めさせられる。
ウェイドに会う前に宇宙観光を兼ねて技術の進歩を観察する。
数十kmクラスの宇宙都市が巨大ガス惑星の裏側にいくつも巣食っている世界だった。
といっても光粒攻撃を恐れて惑星の影に隠れているが。
密閉されていない状態で10m程度空気を留めておける技術とか、
木星を公転していないから衛星と高速ですれ違うとか、
西暦時代の物理を知っているものほど怖いですよ、そんな設計。

アジアⅠとかパシフィックⅠとか各宇宙都市に世界観が構築されている。
それは宇宙船自体の設計もあるけど、中に住む人たちの経済力などが色濃く反映された結果だ。
ホームレスもいたり闇市もあったりで貧富の差はさもありなんと。
そして宇宙都市間の交流も距離というか宇宙空間を介するわけだから難しく、希薄になってくる。
地球の人口もいまや一つの宇宙都市レベルまで落ち込んだ。
太陽系内に孤立した人類の種子が点在しているイメージだろうか。
程心はそこに西暦時代の田舎の情景を思い出して感傷に浸る。

ブラックホールに落ちた人間は保険金を請求できるのか

光速を遅くする研究をしていた研究者が、木星の衛星を一つブラックホール化した。
ブラックホールは原子サイズで、すぐには蒸発しないだろうが、
ホーキング放射でX線が出る温度にはなってそう。
研究者の高Wayはブラックホールに近づきすぎて吸い込まれてしまった。
が、外から見ると彼はマイクロメートル単位の人影となって事象の地平面に張り付いたまま。
死亡保険金は彼が亡くなってから支払われる。
まだ事故は起こっていないから保険金は払わないという理屈である。
大槻ハンチョウの振っていないから目は確定していないみたいな。
放射線で死んでいるのではないか、応答できない二次元人状態なら事実上死んでいるとか。

環太陽系加速器の性能はCERNの何倍程度か。
最高クラスの宇宙線:10^20Jの粒子1つはテニスボールのサーブほどの威力があるという。
これを少し超えるぐらいか?
間違って航路に入ってしまった宇宙船が一瞬で蒸発したのだから10^25J級はあるだろう。
このぐらいになると宇宙は高度な真空とはいえど、太陽風などの粒子と反応して放射出してそうではある。

ヴェイドは空間曲率ドライブの基礎実験に成功していた。
反物質銃で武装した兵士で人類連邦を脅して、
光速船研究のために太陽系の遠方に実験基地を作ることを認めさせるのだという。
反物質弾の小爆発を喰らえば宇宙都市はひとたまりもない。
程心の選択は武器を捨てて投降せよ。
ヴェイドは処刑された。レーザー照射で1万分の1秒で蒸発したという描写が未来的。
程心は破壊的な戦争を食い止めた英雄とされる。
そしてこの時代で目立って生きにくくなったから暗黒森林攻撃後に行こうぜと、
空間を飛ぶかのように気軽に時間を飛ばそうと提案するAA。
冬眠を繰り返してまだ33歳の程心も大分肝が座ってきた。
その後ヴェイドの残党らは秘かに研究を続けていたってのがよくある展開だけど、
それがプラスのサプライズに作用するのは面白い。

歌い手

やっと来た。謎が多い歌い手。
メッセージの送信を歌を奏でることになぞらえているのか。
恒星を使った電磁波送信を弾くと表現するのも趣深い。
文中の1時粒は3~6年程度、1構造長は0.01光年程度とみられる。
訳者の「お清め」というワードセンスは気に入っている。
宇宙船が中くらいの膜:原子膜(電磁波)、長い膜(重力波)、短い膜(ニュートリノ)を受信して、
座標らしきメッセージを検知したら、そこにいるかもしれない知的生命体を恒星ごと抹消するというやつ。
物騒な話だが、こちらが受信できたということは向こうからも見られている可能性があるというニーチェ理論で、
宇宙に生命体が満ちている現在では殺られる前に殺るというのが流儀。

歌い手にとっては生命体が宇宙のエントロピーを減らして秩序作る所に美意識を感じているようだ。
とはいえ長老というボスの元で働く下っ端で「お清め」が単なるルーチンワークになっているのだな。
どうせ私がやらなくても他の生命体が清めるだろうし、急ぐ必要もないとあってはモチベーションが低い。
太陽系をつぶさに観測できる「ぎょろ眼」とは何なのだろう。巨大望遠鏡であろうか。
光粒を発射する質量点、二次元化攻撃を仕掛ける双対箔。
これらよりもっと暴力的な武器を使った宇宙戦争とは一体どのようなものなのか。
SF色がぶっ飛んでしまって想像力に委ねるしかないシーン。

太陽系が紙切れ1枚に沈む

歌い手から投じられた双対箔。
わずかな重力波しか人類には検出されないその物体は亜光速からほぼ速度ゼロまで減速し、
150AU付近に留まった。探査機で接近するとクレジットカード大の紙状のもので驚き。
ロボットアームで掴もうとしてもすり抜けて相互作用しない。
この人類の余裕綽々な様は水滴のときに見た光景だ。
双対箔から発せられる重力波とわずかな可視光が消え失せた時がタイムリミット。
少なくとも太陽系全体が二次元に崩壊させられる。
脱出速度が本当に光速だと情報が伝わってこないから、
限りなく光速に近いということだろうか。

どうせ逃げられないのに我先にと宇宙船に乗り込み太陽系外へと漕ぎ出す人々。
静かに終末を待つ人々と人類の動乱が描かれる。
雲天明のおとぎ話にあった「絵の中に閉じ込められる人」とはこのことを表していたのか。
暗黒森林攻撃が見たいと冬眠した程心が掩体とは何だったのかという有様である。
程心は連邦政府に<星環>で冥王星で待つ羅輯に合い、人類の遺産保護の命を受けた。
冥王星に人類遺産が保存されているのはおそらく低温で太陽放射が少ないからだろう。
それでも最新のテクノロジーを使ったものほどエントロピーの增大には対抗できず、
最も長期間に渡って情報を保存するには岩に刻むという原始的な手段であること。
現代人にもHDDや光学ディスクなどは100年すら持たないことから容易に理解されうるが、
これを解決する未来技術はないものか。あっ、この話が伏線になってます。
いつか二次元化された人類の痕跡を三次元に復元できる存在がいたときに、
冥王星の地層に埋もれないように遺産を宇宙空間にばら撒いてほしいというお願いは
ほとんど諦めの遺骨散布に近いよな。
で、その<星環>はというと恒星間宇宙船にしては異常な冗長性を持って、
まるでこうなることをわかって地球の種子を詰め込んだかのような自然。
惑星に直接離着陸可能な豪華クルーザー。

地球が崩壊したり、母なる太陽が崩壊して核融合の炉が消えた時、
程心はかわいそうなどという甘い感情は見せなかった。
一皮剥けたのか淡々と事態を消化するのみ。
二次元崩壊が天王星まで迫り、いよいよお迎えが来たかという時に羅輯が、
<星環>は人類で唯一光速航行ドライブを搭載した宇宙船であることを告げる。
振り向くとゴッホの「星月夜」のようだと称した太陽系全体が平面化した様を見ながら
<星環>は光速航行に移行すると、人類の最後の断末魔がこだまする。
「あの尋常でない加速は光速宇宙船か?ぶつけてやれ!中の奴らを皆殺しにしろ!」
蜘蛛の糸に群がる猛者どものようだ。
程心とAAは羅輯から生きていると伝えられた
<藍色空間><万有引力>の面々を探しに雲天明がくれた恒星へ向かう。
ついに人類はほぼ絶滅し、舞台は太陽系外へと飛び出す。

DX3906星系

太陽系を離れたのだからここから先の話は自由度が高い。
それ故に人類の想像の限界で思考は発散していく。
DX3906の惑星で待ち構えていたのは<藍色空間>の科学者、関一帆だ。
世界Ⅰから世界Ⅳまで座標は明かせないが、人類の種子は生き残っているようだ。
関一帆が提起する理論は、宇宙はかつて10次元の空間と1次元の時間の11次元で、
光速は無限大といっていいほど大きかった。
これが宇宙戦争によって低次元化が進み、
光速も低速化の憂き目に遭って今のような宇宙になったというもの。
物理定数はまだしも数学基礎論に攻撃するってもうわからんな。
確か数学にも「宇宙」っていう用語はあるけれども、そこを攻撃とかメタのメタを行っている。

関一帆に色仕掛けをするAAを見て自分には雲天明しかいないと落胆する程心。
所詮人類にはヤルことしかないのであろうか。
DX3906星系は交通量が多くて危険という情報があっても、
謎の来訪者を雲天明であることに賭けて調査に行き、
デスラインという凄まじいものを見せられる。
リセッターと呼ばれる高度文明は光速を0より小さくして無限大へと巻き戻そうとしているらしく、
汚れきったこの宇宙をリセットするエデンの園プロジェクトという眉唾ものの話だ。
船に残ったAAの元に雲天明が来たというご都合な展開だけど、
戻ろうとした矢先、光速度0の通称:デスラインが拡大した低光速ブラックホールに閉じ込められる程心と関一帆。
雲天明が星系よりもずっと大きいものをプレゼントしに来たとのことだが、程心との再開は果たされなかった。
この想いを断絶するカップリングにする展開。どうにも愛は人類を狂わせるという結末にしたいようだ。

低光速ブラックホール化

ここの描写が面白い。光速が20km/sの世界ではコンピュータチップは動作しない。
手動バルブで動作する宇宙服を来て生命維持しないといけない。
数百バイト秒のシリアル転送で人間の脳を模したニューラルコンピュータを起動させる。
アナログな機器の描写は昔のSF映画の宇宙船みたいなのを想像してしまう。
しかし、そもそも低光速では本当に地球の生物は無事なのだろうか。
生命に必要な化学反応が変わらず起こるのかというのは疑問である。

程心と関一帆がひと月ほど過ごしているうちに、
AAと雲天明の時間では1000万年以上経過していた!?
これはウラシマ効果なのだろうが、先に低光速ブラックホール化領域に落ちた
程心と関一帆の時間経過が遅くなり、その後にAAと雲天明が住んでいたであろう場所が
低光速ブラックホール領域に落ち込んだため程心と関一帆が訪問可能になったということだろうか。
程心は岩盤に巨大な漢字でメッセージを刻み込んでいた。
漢字はエラー耐性は低いが、一文字あたりのビット量は多い。
このあたりは風化に対して有利に働くのだろうか。

小宇宙

雲天明がプレゼントしてくれたのは宇宙だった。
宇宙作れるとか三体文明の科学力何物だよ。というかマルチバース理論来たよ。
大元の大宇宙に浮かぶ別の小宇宙は泡のようだというやつ。
自らの好みの世界に引きこもるという意味では精神をデジタル化してその中で暮らすアップロードに近いかも。
が、他の生命体が大宇宙から干渉できないのかというのは引っかかる所。
大宇宙から送信されたメッセージを受信することはできているようだし。
にしてもここで智子に再開できるとは。大宇宙時間換算でうん億年ぶりの再開。
智子の中身は単なるデジタルデータなので地球にいた智子とは違うというか同じ?
この技術レベルになると、生命体が同一かどうかの定義が既に曖昧ですね。
小宇宙にあった三体文明のデータベースにはどんなものが収められていたのか。
その文献の内容を誰か同人で補完してほしいな。というかSide三体文明の裏話が読みたい。

ここまで最後に残った程心と関一帆はいわゆる旧世代の人間が冬眠冬眠で時を飛ばして到達したものだ。
だから未だに生存のために食料の生産を必要とするのはわかる。
だが、そうでない太陽系二次元化直前の頃の人類も農耕生活やってるというのはいささか夢がない。
宇宙で植民するのに適した体に作り変える勢力がいてもおかしくないわけだ。
サイボーグ化は逃亡主義と同じく重罪になってるのかもしれないが。

小宇宙の時間の経過は大宇宙より遅いようで、
小宇宙時間で10年ほどでビッグクランチに至るという。
時間の進行速度がインフレしてきました。宇宙の終焉まで飛ぶ勢いなのね。
新しい宇宙では、また時空が11次元に戻るだの、
時間の次元が多次元になったらいいなという妄想をする。
時間が多次元になった世界。ううむ、よくわからん。それだけで話が一本作れそうである。

謎の高度文明が全小宇宙に聞こえるようにメッセージを送った。
ビットマップデータの中にあらゆる世界の言語で書かれた情報が流れてきて、
百万以上の言語の中に三体のものと地球のものが含まれている。ここは感動のシーン。
弱かった地球文明と三体文明がこの暗黒森林を生き残ることができた。
それならば私達がしてきた選択は正しかったのだろうと思えることができる。
歌い手の文明はここに残ることはできたのだろうか?
メッセージの内容は、小宇宙の作り過ぎで大宇宙の質量がビッククランチに必要な質量に足りなくなり、
このままでは熱的死になってしまうから質量を返却するようにという要請だった。
これに応じて大宇宙に質量を返すかどうかは囚人のジレンマである。
でもちっちゃな小宇宙に引きこもっていても、やることなくなって退屈死するから返却するか。
地球と三体文明の記憶だけをメモリーに入れたもののみを小宇宙に残して、
ビッグクランチ後の生命体に復元してもらうのを待つ。
太陽系が二次元化攻撃を受けた時に冥王星から宇宙空間に人類遺産を放出して、
誰かが平面から復元してくれるのを待つだの言ってたもののスケールアップ版だな。
だが、次の宇宙での生命体は過去の宇宙で生命体が残したメモリーを復元しようとするだろうか。
もし復元と同時に暴れだして乗っ取られるウイルスのようなものだったらどうするのか。
暗黒森林を抜けたらそこは暗黒森林かもしれない。
せっかく光速が事実上の無限大になったとしても、メモリーが復元できるまで文明が育つ頃には
光速が低下しているかもしれない。宇宙を超えた懐疑の連鎖は続く。

総評

映像化するとwktkするシーンはパナマ地峡作戦、水滴による地球艦隊壊滅、太陽系崩壊あたりか?
太陽系崩壊からはストーリーがビッグリップして霧散していく。
風呂敷が広がりきってしまったな。
愛は宇宙最強で人類を救うみたいなラブロマンスで締められても商業主義的で唖然とするので、落とし所としてはよろし。
終わってみれば地球と三体文明のいがみ合いは何だったのかという矮小さである。
確かにこれは賞を取るのも頷ける濃密さだ。最新の物理学を盛りに盛って詰め込んで胸焼けするとばかりの。
個人的に危機が迫ったときの人類の動乱が面白おかしく描かれているのが気に入った。
そこが人類の本質であり、最後まで生き残ることができた理由でもあると。
最萌キャラは智子で確定としてMVPは羅輯に贈呈したい。