三体ⅠⅡⅢ 感想(2) 三体Ⅱ (黒暗森林)

三体Ⅱ上(黒暗森林)

タイトルの黒暗森林とは何かというのが三体Ⅱのテーマとなる。
三体星人との戦争なのだけど、実態は人類同士の頭脳戦の様相を呈する。
滅亡の危機に瀕しても一致団結できない人類の愚かさをこれでもかと表現してくる。
スケールが大きいんだが小さいんだか。水滴には度肝を抜かれました。

三体Ⅱでの主人公は羅輯(ルオジー)。
彼にスポットを当てながら読んでいくのがおそらくいい。
そして人工冬眠技術が使えることとなり、主要人物は時折冬眠して時を飛ばす。
これによってタイムリミットの400年余りの間、
登場人物を好きな間隔だけ冬眠させて未来の人類が発明した技術を使いながら、
最終決戦への策を練るという物語が可能となった。

プロローグ

最初の蟻の話は何がしたいんだろう。
人類が近傍を知ることで宇宙全体を理解できるのかっていう、ポアンカレ予想的なやつなのか、
文明の持つ記憶容量とか宇宙の総質量には限界があるみたいな話なのか。
人類滅亡の引き金を引いてしまった文潔が羅輯に告げた、
“猜疑連鎖”と”技術爆発”というワードが人類を救う鍵となる。
ともかく三体Ⅱの主人公であり、三体Ⅲでも活躍する羅輯が宇宙文明論を創始したことは、
人類にとって大きな分岐点となった。

三体星人との対話

智子を通じた三体世界と降臨派との通話が描かれる。
三体星人は「思う」と「話す」は同義語らしい。
なぜなら思考するとそれを他者が検知できて情報共有できるから。
これは騙すとか嘘をつくとかが存在しないともいえる。
それ故に三体星人は思考を隠して嘘を付くという概念を知ってからは、
ETOも人類のスパイなのではないかと疑心暗鬼になっていたのだ。
三体星人が陰謀を学ぶ資料となったのが「三国志演義」というのは中国リスペクトだろう。

智子は人類の思考を見ることができない。
三体星人は思考が見えない生命体が太陽系外に逃亡することも恐れたため、
ETOに面壁計画への対応と人類の太陽系外の逃亡の阻止または遅延を要求した。
しかし後者については、究極の災厄が起こった時、
誰が残して誰を見捨てるかという究極の選択を人類は決定できないから心配しなくてよいと返す。
この点に関しては、三体Ⅲに至るまでの人類の選択を見るに、
変わることのない人類の弱点を指摘するものだなと感じた。

面壁計画発足前の描写

智子が低次元展開してマクロスケールになったところを迎撃する演習をやってるが、
人類の行動が筒抜けになっているのにそんなことするわけないのだが、
人類が未曾有の危機に対して一致団結できないことへの焦りの描写である。
ようやく宇宙軍が結成され、最終戦争に向けて宇宙艦隊建設計画が立ち上がった。
同志諸君は孫の孫の世代まで行かないと宇宙艦隊は拝めないけど覚悟してくれというお言葉。
この時代の人類って三体艦隊が攻めてくるけど、その時期ははるか先でどこか他人事のよう。
それもそのはず。400年以上前からかっかしていても人類社会全体が持たないよな。
智子による妨害があっても技術の進歩は何とかなるだろうという楽観があるように思える。
そして太陽系外に逃亡しようとする逃亡主義は違法とされた。
ETOの予測通り、人類は誰を逃がすかの取捨選択の道から逃げた。

章北海

章北海は軍のエリート候補生として登場する。親父もエリートなので世襲軍人ですな。
優秀だが、全てを見透かされているかのような瞳で何を考えているのかわからないという描写。
心に秘めた厚い信念を感じさせ、将来何かをしでかすフラグと見る。
言葉ではなく沈黙でのコミュニケーションは三体星人の理解し難い領域だろう。
核融合エンジンの媒質推進型か放射ドライブ型かのどちらになるかが重大な岐路だと感じた彼は、
媒質推進型を宇宙で暗殺する。
しかもその方法が知り合いから隕石を購入して旋盤で削って弾丸を作るっていう。
こうすれば解剖されても流れ宇宙塵による事故に偽装できると。
そして軌道エレベーターで自ら暗殺を執行する。
どこぞのスパイ映画ぶりな彼の冷静沈着な任務遂行っぷりには恐怖すら感じる。

面壁計画とは

最初に2個送られた智子。やがて多数の智子が到着して地球は丸裸にされる。
電磁波での通信、音波による会話、筆記などあらゆる人類間のコミュニケーションは
三体星人も周知のこととなる。
よって人類は対抗手段として特定の人=面壁人の脳内のみで終末戦争に向けての作戦を完結させる。
面壁人は可能な限り最大限の人類リソースを自由に使っていい。
周りで動く支援者は理由を問うてはならないし、拒否する権限も持たない。
面壁人は”ぼくのかんがえたさいきょうのさくせん”を敢行せよ。ラノベみたいな展開が面壁計画だ。
羅輯は面壁人発表会議に参加させられるのだが、
発表されたのがビジネス・科学・軍事・政治などで偉大な業績を挙げた人ばかりで当然と思える人選。
で、ラストの4人目に発表されたのが羅輯。えっ、ワシ?ただのしがない大学教授なのになんで。
しかし大魔王ならぬ面壁人の責務からは逃げられない。
が、物語的には輝かしい連中が噛ませ犬で、冴えない羅輯こそが主人公めいていると考える。
面壁人の考える巨大核爆弾や小型機による神風特攻隊のアイデアは面白い。
脳科学の発展に賭けるビル・ハインズ夫妻(ゲイツ意識してるだろ)は可能性があるかな。
羅輯は辺境の屋敷で頭に思い浮かんだ少女と暮らしたいから探してこいという、
とても他三人とは違うわけわからんっぷりが、陽動なのか、意味があるのか考えさせられる。

三体艦隊が来るぞ

直径20mのハッブル宇宙望遠鏡Ⅱでは三体星系の惑星は見えても点にしか見えないが、
三体艦隊が高速航行中に宇宙塵との衝突で生まれた刷毛のような痕跡が見えた。
約1000体の三体艦隊がまさに太陽系に向けて進軍中である証拠が得られたので。
確か、この作品を作者が書いたのは2000年代前半のはず。
系外惑星探査能力はそこから急速に進展したので、
三体惑星の観測は今ではそんなに難しくない技術であると考えられるから、そこは齟齬があるかな。
三体艦隊の侵攻という現実を目の当たりにした人類の表現として、
「とてつもない変化を遂げる世界で、ただ一つ変わらないのは時の過ぎる速度だった」
とあるが、ここで光速と言わないのは三体Ⅲを踏まえてのことか。
その後10体ほどの微小な刷毛がさらなる加速の兆候と見られた。
三体艦隊より先に太陽系に到着する探査機と見られる。
これがあの水滴と呼ばれることになる三体星人の秘密兵器である。
智子で人類の全てが露呈しているのに、何故に小型機を送るのかというのは確かに読んでいて同じ疑問であった。
植民を円滑に進めるための、何らかの予備破壊活動だろうとは思っていました。

呪文

中国画と油絵の違いがわかるかってシーンは何らかの意味がありげだけどよくわからない。
羅輯は何かをひらめいたのか呪文と称して50光年先の恒星の座標を示したデータを
太陽の増幅システムを使って銀河系に送信せよと命ずる。
呪文によってこの星が破壊されるとでもいうのか。
呪文の効果が出たら起こしてくれ。それまで冬眠すると言うが。

軽いインフルエンザのようだが、無症状で感染力のみが高い。
そして特定のターゲット=羅輯に感染したときのみ破壊的な攻撃をする。
これは、文字通りの意味の標的型攻撃ウイルスではないか。
羅輯は呪文の送信を見ることなく未来の医学に自らの命を託して強制冬眠に入る。

三体Ⅱ下

精神印章と刻印族

精神印章とは指定した命題を脳に刻み込み、
命題に反することをしようとすると激しい苦痛を伴うというものだ。
一種の思想統制なのだが、ハインズはこれを「三体星人との戦争に絶対勝つ」という信念を植え付けるために使おうと提案する。
あくまで自主的に望んだ者のみ精神印章を受けることが許されるとして、
数万人が精神印章を受け、刻印族と呼ばれた。
装置が完成して冬眠後数十年で精神印章は思想の自由を侵す犯罪で押収・使用禁止にされるのは人類お得意の掌返し。

しかし、ハインズは罠を仕掛けていた。
精神印章で命題の真偽が逆のときのパターンが似通っていたことから、真偽を入れ替えたのだ。
つまり「戦争には負ける」と刻印された刻印族を産み出していた。
しかも自身には「自分の面壁計画は完全に正しい」と刻印していた。
なるほど。これまでの人類で度々出てきた決断に窮した末に選択を誤ることを防ぐ手段なのですね。
つまりは確信犯というやつだ。
人類社会からの反発にあったとはいえ、
対三体星人という観点から見れば、ハインズの策略はなかなかいい線行っている。
電脳化した新人類ならば生命体として次のステージには進むとは思う。

レイ・デュアス散る

面壁人の権力は低下していたものの、
レイ・デュアスは水星にありったけの核爆弾を設置せよという面壁人らしい命令を出す。
その真意が破壁人によると、水星を太陽に落とし、太陽から噴出した恒星ガスの抵抗によって
連鎖的に惑星を落とそうというものだから驚きだ。
そして自身が発する信号が途切れたら発動する「ゆりかごシステム」はナイスアイデア。
三体星人に言うことを聞かないと自爆スイッチを押して太陽系の惑星を消滅させるぞという脅し。
人類を守るために彼は精一杯の仕事をした。
しかし破壁人によって計画がバラされると、人類にとっては裏切り行為と認定されて糾弾。
逃げるように祖国に帰ったら民衆から投石されて死ぬ。
挙句の果てにババアに「おまえに孫もみんな殺されるところだった」と石で頭かち割られる。
ここは映像だと盛り上がるシーンだろう。
人類は自らの手で切り札となるカードを消した。
人類にとって最大の敵は人類であるを体現した最期である。

水滴襲来

羅輯が目覚めたら数百年時が過ぎていた。呪文は効いていないし、
電気の存在を意識しないほど文明が進んでいた。恒星間航行ができる宇宙船が開発され、
千機以上の巨大な宇宙戦艦が配備され、太陽系内に多くの宇宙基地もできた。
この技術力なら三体艦隊にも負けないという雰囲気から楽観的な人類世界が作られていると見える。
その前には人が死んだらそいつの肉を分け与えるという生きるのだけで精一杯な大峡谷時代があったことを知らされる。
なんだここの説明はと思ったけど、三体Ⅲで歴史は繰り返すのです。

三体艦隊本体との交戦だとリスクがあるが、探査機の鹵獲なら自爆されても被害は少ない。
宇宙軍の各艦隊はこぞって自己の勢力誇示のため艦隊を出撃させた。
その結果総勢二千体の艦隊で三体の探査機を迎え撃つ。
最大で光速15%航行ができる恒星間宇宙線で質量兵器、ガンマ線兵器を搭載している。
これには三体星人もしょんべんちびるだろと自信満々の人類。
小型機によって慎重に鹵獲しか探査機は水滴の形をしていた。
このシーンは地球では3時間遅れで伝わるという描写がされて、遠太陽系の出来事を印象づける。
表面は電子顕微鏡で見ても限りなく滑らかであらゆる衝撃に対して傷一つ付かない。
強い相互作用により結合しているが中性子星物質でもない。
つまりは表面は一つの巨大な原子核のようなもので内部構造は不明ということなのだが、
この探査機の意図がこの時点でもわからなかった。贈り物ではなく
「わたしたちがお前たちを滅ぼすとして、それがお前たちと何の関係がある?」
という意味だったとしてもだ。
が、小型機を爆破した水滴は秒速30kmで艦隊の核融合炉を次々と貫いていく。
超宇宙的な破壊兵器ではなく、まさかの体当たり兵器。
殲滅こそが文明に対する最大のリスペクト。
宇宙艦隊は100列の長方形に整列していたから1列目の100体を破壊した後、
急ターンして次の100体を狙う。
フリーザ様以外にその余裕はないが、眼前で見ていたら綺麗な花火だろうか。
艦隊がパニックに成って散華しても、巡回セールスマン問題をリアルタイムで解き、
水滴は最短経路で艦隊を撃破していく。
いやいや、宇宙戦争で巡回セールスマン問題なんてグラフ理論のワードが出てきて笑うわ。
艦隊のあらゆる兵器で水滴は無傷。太陽系の物質では水滴を抵抗のように速度は落とせても、
固体に液体をぶつけるようなもので壊せない。
作中人物同様読んでいて唖然としていたよ。
流石に大怪我はしないと思っていたのに人類最強の宇宙艦隊が1適の水滴で崩壊した。
戦争というより虫けらのごとく蹂躙された。
その後水滴は地球に到達し、ラグランジュポイントで太陽に強力なジャミングを施して、太陽増幅を封印した。
地球人類の殲滅が目的ではなく、人類の銀河系全体への通信手段を断ったのだ。

<自然選択>の離脱

<自然選択>の艦長となった章北海は水滴と接触する前に深海状態に入り太陽系を離脱した。
深海状態に入るには時間がかかるが、そうしないと120Gもの超加速で乗員はミンチになってしまう。
この戦いに人類は敗北するので恒星間宇宙船を人類の種として保持しておきたいとの弁明だったが、
その後追跡のため迫っていた4機の恒星間宇宙船は水滴の惨劇を知り、
章北海を英雄の眼差しで見つめる。
さっきまで敗北主義者の犯罪者を見つめる眼差しだったのにぬけぬけと。これが人類お得意の掌返し。
<自然選択>以外にも念の為深海状態で待機していた艦2機が、
水滴の攻撃から逃れて深宇宙への脱出に成功した。
しかし数百年前からこのことを予期するほどの先見の明がある、沈黙の昭和の戦士という印象な章北海。
が、章北海を持ってしても宇宙文明の必然からは逃れられなかった。
全員を生かすことはできない。燃料が尽きる。
全艦はお互いにステルスで相手を撃破する兵器を有している。
先に引き金を引かねば反撃のチャンスはなくやられてしまうかもしれない。
直接相対する状況ならともかく、数十万キロ離れていては疑心暗鬼の連鎖が果てしなく伸びていく。
これが猜疑連鎖。やがて引き金が引かれて地球からは罵倒の通信が飛んでくる。今のSNSと同じさ。
いくら綺麗事言っても最後は罵倒。美しき我らが人類像。
三体生命なら同様の事態に陥っても災厄を回避できそうだが、一般の多種族間では無理だろう。

黒暗森林

羅輯が放った呪文が効いた?以前送信した座標の恒星が何者かによって破壊されたらしい。
座標らしきものが送信されたのを確認したらまず撃ってみよう。
いちいち座標の真偽や生命体の詳細を確認するよりも光粒(質量点)のコストの方が安い。
これが”猜疑連鎖”の結果であり、宇宙は生命体で満ちているが皆息を潜めていて、
宇宙人がいないように見える理由だというのだ。
フェルミパラドックスに対する解答が、宇宙は暗い森のようだとする黒暗森林仮設。
全てのピースが揃った羅輯は三体文明との交渉に挑む。
羅輯は太陽系外縁部に綿密な配置がなされている水素爆弾とゆりかご計画のシステムを利用し、
水爆が爆発することで太陽系を包む星間雲を作り、
遠方からは太陽が点滅するように見えるためこれで三体星系の座標を送信するぞと脅迫した。
太陽全体の可視光による長周期通信なので水滴や智子では防げないぞと。
本質的にはレイ・デュアスの取った行動と変わらないのだが、羅輯の姿は面壁者として優秀。
破壁人に悟らねない=全世界に公表されないように任務を遂行した。
が、一応破壁人サイドもウイルスや事故死に見せかけた暗殺と妨害工作はやってるんだよな。
太陽を封じれば勝ちは揺るがないと油断した三体星人側の失着だろうか。
ひとえに羅輯には愛があった。文明を救うのはやはり愛なのだろうか。
私の中の羅輯は、暖かな眼差しで白ひげを蓄えた人類の父というイメージだ。

かくして人類と三体星人との戦争は持将棋となり、休戦協定が結ばれた。
三体Ⅲへ続く